牽牛星/権威

一般的に、算命学では牽牛星(権威)を、「役人的気質」と評している。
プライドが高く、
自分のプライドが傷つけられるのを恐れ、
好機だと判断すれば突進するが、
ヤバイと思ったらすぐに引き下がる逃げ上手。
空気を読むのが上手で、組織力で攻撃する…。

この解説は、永い間、私の心にしっくりきませんでした。
これでは、どう生きるべきなのかという本質が見えてこない。

もし私が牽牛星(権威)所有者だったら…
この説明を聞いて、
「なるほど。これこそ私自身だわ!」と素直に感じとれることはないだろう。

何しろ、プライドが高いので…。

相手の心に届くメッセージでない限り、
この素晴らしき知識の根幹を伝えることなどできません。

牽牛星(権威)所有者でなくても、

「あなたは、プラドが高くて自分が傷つきたくないから、
何かあると逃げてしまう人ですよね」
と言われたらどう思いますか?

特にそんな言葉を、牽牛星(権威)所有者に発したら、
自尊心が傷つけられ、心がリジェクトするでしょう。

今回は、牽牛星(権威)の本質を捉えることが出来ればと願い、
解説を行っていきたいと思います。

まず最初に理解して欲しいことは、
牽牛星「権威」が所有すべきものは、
「プライド」ではなくて、「志」であるということ。

そして、権威と権力は全く違うものであるということ。

「志」とは、前進するために必要不可欠なもの。
それが明確でないと、本人も迷い、廻りの人も迷います。

企業で言えば、「企業理念」。
「企業理念」という企業の志が明確でないと、
社員の気持ちをまとめることなどできず、
判断の基準も曖昧になり、迷いが生じるのです。

世の中が混沌として現状も、
単純かつ明快な理念がない事に、一因があるのではないかと思います。

そのため国連は、「志」を17種類にパターン化して、
まずはこの中から選びなさいと提示しました。

それこそが、SDGs

17種類の理念(志)を提示し、
そこから選択して、それを持続可能することを目指そうという概念です。
東洋人からみたら、「何を今更」かもしれませんが、
それをオシャレに論理化した、ヨーロッパ諸国のセンスには頭が下がります。

志の達成法は、十人十色

「志」を達成する方法は十人十色
「志」(企業理念)は、ある程度は一致させる必要がありますが、
達成法は、夫々のやり方があるべきで、
それを一つのやり方に強制すると、逆に達成することが出来なくなります。
しかし、この単純な法則に立脚しない社員教育が多いため、
社員の気持ちが一つになれないのではないでしょうか。

幕末史でみてもわかる通り、志士達、それぞれにやり方は違いますが、
志は一致しており、ただ一つ。
「このままではいけない! 今、変えなければ日本に未来がない」
どうにかしなければない!」という愛国心です。
しかし、その達成法にはそれぞれのやり方があったからこそ、
対立を繰り返しましたが、
志が一致していたから、無血開城。
歴史的に類をみない、明治維新へと道を開いたのです。

それでは、それぞれの「志の達成法」について考察してみましょう。

単独で、時間をかけてもひたすら真っすぐ頑張ろうとうするのが、貫索星(自立)
廻りを巻き込みながら達成するのが、石門星(協調)

自分で出来る範囲はやるけれど、あとは自然に任せながら達成するのが、鳳閣星(悠然)
完璧にやり遂げようと自分を追い込むのが、調舒星(孤高)

志自体が、自分が注目されたい事だったりするのが、禄存星(寛容)
志があるんだかないんだか分かりにくく、地味に頑張り抜くのが、司禄星(蓄積)

無駄のない効率的なやり方を選択し、人と組むのも面倒だから、一人で達成するのが、車騎星(実践)
組織全体で志を一つとし、その一員として自分の役割を明確にしながら達成するのが、牽牛星(権威)

色々な人の意見を収集し、実体験を繰り返しながら達成するのが、龍高星(創造)
昔の人はどうやって達成したのだろうかと調べて、参考にしながら冷静に行うのが、玉堂星(高尚)

十人十色、夫々のやり方が相互作用することで、志は達成できます。
個々のやり方を無視し、リーダーのやり方に徹しろというのは、軍国主義的教育です。
やり方に矛盾を感じると、ストレスとなり蓄積され、パワハラという負の意識に変換される危険性が生じるのです。

大のためなら小を犠牲に出来る性格

それでは、今回の本題、牽牛星(権威)の性格です。
高尾義政氏は、一言、「大のためなら小を犠牲に出来る性格」だと説明されたそうです。
清水南穂先生は、「組織のためなら、一個人を犠牲にする役人的な性格」であると解説されました。
しかし、どうしても私の心にその意味が把握できず、この解釈には長い年月を要したのです。

「算命学を習得するには10年かかる」という意味も然り。
このように、たった一つの言葉を理解するには、経験と共感を共有しなければ、相手の心に届きません。
そのため、言葉の解釈には確かに永い年月を必要とします。

それがある時、理解ができました。
堺屋太一著「豊臣秀長」を読んだ時、
これが本当の意味かと会得できたのでした。

秀長は、秀吉の実弟です。
これから引用する話は、
まだ藤吉郎・小一郎と呼ばれていた時代に起きた話です。

信長が美濃攻略で苦労している時代、
藤吉郎(秀吉)が竹中半兵衛を軍師として迎い入れる時の逸話になります。

竹中半兵衛は、僅か十数人の供だけで美濃の国主 齋藤龍興のいる稲葉山城にいき、単身大奥に入るや国主の愛人や警護の侍を斬殺、国主を人質にして放逐したという人物なので、小一郎(秀長)は、肉食系の豪傑な人物だと想像していたのですが、実際の半兵衛はまるで違う、痩身の植物系男子。
始めて出会った時、藤吉郎(秀吉)は30歳、小一郎(秀長)は27歳、
竹中半兵衛は、わずか23歳。

そんな23歳の青年を、藤吉郎(秀吉)は軍師として迎え入れるのですが、
最初の対面時にどこに座るかで、その後の序列が決まります。

藤吉郎(秀吉)は、半兵衛を軍師、つまり軍法に関する師匠として迎え入れたので、半兵衛の下座に座ろうとしますが、
半兵衛はそれを固辞、それではということで、対等な位置ということで、向かい合って座りました。

さて、そのシチュエーションで、小一郎(秀長)はどこに座るのか。

当時の戦国の作法だと、領主の補佐をする唯一人の親族なので、
秀吉と同じく対等な位置に座ることは当然のこと。
領主を補佐するナンバー2として、秀吉の隣に座り、
3人が対等の位置に坐する事こそ、不自然さはなく、当然の習いです。

更に、今来たばかりの4歳年下の青年の下位に座るというのは、さすがに抵抗を感じます。

しかし、ここで彼が考えたこと、それは、

「よし、ここは一つ、半兵衛殿を大いに立てよう。このような事は、大事の前の小事に過ぎない」と決め、
自ら下座に、それもかなり距離を置いた場所に座り、恭しく一礼したとあるのです。

この小一郎(秀長)の決断こそ、牽牛星(権威)。

「大の為なら小を犠牲にする」という意味は、
「大事の為なら、小事を犠牲にする」というのが本来の意味であり、
それが自然に出来る人こそ、牽牛星(権威)所有者の理想とする姿であるのです。

権威と権力 パワハラの元凶とは

秀吉の志は、
「農民出身だからこそ、武士の世界で出世したい。」
小一郎の場合、
「兄者の夢を叶えたい」というものでした。
その志のために、自分の一時的なプライドなんかいいどうでもよいという考えこそ、

「大事という志の為なら、自分のプライドなどという小事は犠牲にする」という意味になります。

志というと、天下布武のような立派なものであり、
「兄者の夢を叶えたい」というものなど、
低いレベルだと思うかもしれませんが、

志とは、「心にしるす」「心がある方向をめざして行くこと」という意味であり、
「自分の心がある方向に向かっていく、心の道しるべ」。
これには優劣や大小など一切ありません。

それでは、何が「志」に影響するかというと、
陽明学的に説明すると、「時処位に即して」
時(時間)処(場所)位(立場)に影響されます。

「出世・昇進」が志であれば、それも大いに良し。
「綺麗になりたい」が志であれば、それも大いに良し。

志の種類に、優劣などないのです。

それでは権威とは何か。
権威は自然に宿るもので、作為的に身につくものではありません。
どこに宿るかというと、
「大事のためなら、小事を捨てる」覚悟で志を遂げようとする行為そのものに、宿ります。

幾ら本人がそれを心がけて頑張っても、あくまでも自然に宿るもの。
故に、自ら誇示宣伝しては逆効果で、自然に宿るのを待つしかないようです。

それ故、リーダーたちは焦ります。
焦った末に、権威が宿る前に権力を行使してしまうのです。

権威と権力は違います。
これを勘違いしてしまうと、パワハラになります。

権力は、上の者が下の者を従わせようとする行使力ですが、
権威とは、下の者が上の者に対して感じる力。

そのため、権力を振りかざすと、当然権威は遠ざかります。
焦らずに、下の者が上の者に感じとって貰わなければならない「感じとる力」なのですが、
その「感じとる力」が弱っていたり、
相手によっては、感じとって貰えない場合も当然起こります。

例えどんなに上の者が優れていても、
下の者にそれを感じとる力がない限り、権威は宿りません。

もし上司が二宮尊徳だとしても、下の者がその偉大さに共鳴し、感じない限り、権威は宿せず、
「何か知らないけれど、一人で頑張っているオヤジ」で終わってしまう可能性もあるのです。

例えどんなに頑張っていても、女性上司だからということで、
そこに権威を感じとれない男性部下もいるでしょう。

それに業を煮やして、感じとれ!というと、逆にパワハラになってしまうのです。
権威を宿した人は、幾ら力(パワー)を用いても、パワハラにはなりませんが、
下の者が上の者に「権威」を感じてくれない限り、パワハラになってしまいます。

それではどうすれば良いのか。

今の若者たちが何に「権威」を感じてくれるのか。
オンラインサロンをみると、
分かりやすい志と、その明確化、その発信力による影響力は大きく、
ある意味、これは今も昔も変わっているようで変わっていないようには感じます。
つまり、シンプルに、明確に、志を発信することが、すべてのスタート地点のような気もします。

歴史研究者たちは、秀吉には、この実弟、秀長がいなければ天下はとれなかったといいます。
組織の中で、誰もが認めるナンバー2でありながら、自らの働きを誇ることもなく、常に脇役に徹した補佐役。
秀長は20歳まで、百姓として育ちました。
だからこそ自然の摂理が良くわかり、自然体で生きることが出来たのかもしれません。

最後に、道徳経第33条の有名な一説を、秀長に捧げたいと思います。

道徳経 第33章
知足者富、強行者有志。不失其所者久。死而不亡者壽。
(足るを知る者は富み、強(つと)めて行なう者は志有り。その所を失わざる者は久し。死して而も亡びざる者は壽(いのちなが)し。)

足ることを知る者こそが富んでいる者である。
そして、それを知りながら、努力する者こそ志があると言える。
自己の本分をわきまえてそれを見失わなければ、いつまでも志を目指した行動が出来る。
そして、自分自身は死んでも、その志が伝えられてゆくことで、永遠の生命の中に生きることが出来るのである。

高尾義政氏から学んだ知識は、算命学として発信していきますが、
東洋古典で解釈したものは、暦学として発信しております。
東洋古典を通して、算命学の知識を人の心に優しいものへと発展させ、この知識が暦学という東洋古典の人材活用メソッドとして発展していくことが私の志です。

山脇史端

 

最後までお読み下さり
ありがとうございました。

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